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難聴と認知機能:よく聞こえることはよく考えることに繋がる【オーディオロジーブログ】

難聴は、高齢者における認知機能低下の速度と関連があると言われています。両者の間に因果関係があるのか、そして補聴器装用により認知機能低下の速度を遅らせることができるどうかについての議論が引き続き行われています。このトピックに関する最新の研究を本記事でご紹介いたします。

今回は、そのJulia博士にインタビューする機会がありましたのでご紹介します。

Julia博士の最新の研究では難聴と認知機能低下との関係性について調査されていますね。なぜ認知機能低下に関するトピックが注目されているのでしょうか?

認知機能の低下は加齢とともに有病率の増加につながります。高齢者の認知機能の低下はうつ病・不安症・循環器系器官の不調・栄養不足といったより広範な健康問題をもたらす可能性があり、認知症の発症を示唆される可能性もあります。65歳以上になると認知症に罹患するリスクは5年ごとに2倍になります。さらに70~80歳の人の3%~12%、85歳以上の人の25%~35%が認知症を患っていると言われています。2010年時点で、世界中で約3550万人が認知症を患っており、その数は2030年までに6570万人、2050年までに1億4100万人に達すると予測されています。そして現在、認知症は死因の第7位になります。

そんなに多いとは驚きました!でも、これが難聴とどのような関係があるのでしょうか?

認知機能の低下は、耳などの感覚器官の退化(例えば難聴)と関連しています。難聴を抱えている高齢者は非常に多く、例えば55歳の人の約32%、70歳以上の人の70%以上が難聴を抱えていると言われています。最近の多くの研究において、難聴は高齢者の認知機能低下の速度と関連しており、健聴者より難聴者のほうが認知機能低下が加速していることが分かってきています。また、難聴が重くなればなるほど、認知機能低下の速度も速くなるくことが研究で明らかになっています。

つまり、難聴が認知機能低下の原因ということなのでしょうか?

これまでの様々な研究には不足な点があるため、難聴が認知症の原因因子の一つかどうかについて現在も議論が続いています。Lancet委員会はこの分野における3つの大規模研究の結果についてメタ分析(すべての研究結果を統合して分析する方法)を行った結果、難聴は認知症の修正可能なリスク因子であり、認知症発症リスクの9%に寄与すると結論づけました(Livingstonら, 2017年)。Lancetの分析によると、健聴者が認知症を発症するリスクを1.0としたとき、軽度難聴者の認知症発症リスクは1.89倍、中等度難聴者は3.0倍、高度難聴者では4.94倍となります。

難聴が認知症の発症リスクの9%、高度難聴者の罹患リスクが軽度難聴者の約5倍を持つとする場合、その関連性を支えるメカニズムは何でしょうか?

難聴と認知機能低下の関連性の背後にあるメカニズムはまだ解っていませんが、複数のメカニズムが存在することが考えられます。聴力低下も認知機能低下も、各種器官の退化や加齢と関わっている可能性があります。また、聞き取りにより多くの集中力が必要となることで、認知資源の配分に変化が生じる可能性もあります。

なるほど。その他の要因もあるのでしょうか?

コミュニケーションが難しくなることや、刺激が失われること、そして難聴がもたらす孤立や孤独感の増加も認知機能の低下につながる可能性があります。この仮説は、社会的ネットワークが限られていると認知症のリスクが高まる一方で、社会との関わりを多く持つことでこのリスクを大幅に軽減できることを示した研究によるものです。難聴はうつ病とも関連しており、うつ病は認知症の危険因子であると考えられています。また、難聴者の脳の容積が減少しているという報告から、これが認知機能の低下に関与している可能性があるとも言われています。まとめますと、聴覚と認知の関係については、神経障害、感覚の低下や剥奪、認知負荷の増加、社会的孤立、うつ病など、複数の潜在的メカニズムが存在すると考えられます。

では、認知機能低下にはどのように対処すればよいのでしょうか?

難聴には対処法がありますが、認知機能低下や認知症の治療には現在のところ成功例がありません。難聴と認知の間に因果関係があるという可能性を考えると、難聴を補聴器によって補うことが認知機能低下や認知症の発症を遅らせることが可能かどうかを調査することは重要だと思います。補聴器を使用することで、難聴者のコミュニケーションの問題、うつ病、不安感、孤独感を著しく軽減し、その人のQOLを向上させることはよく知られています。しかし、これまでの研究の多くは高齢者の認知機能に対する補聴器の効果を検討しましたが、その調査方法には問題点が多く、結果の解釈が難しくなったことで未解決の問題が多数残されています。

もう少し詳しくお教えてください。調査方法の問題点とはどのようなものでしょうか?

次のような事項が挙げられます。

  • 被験者数が少ない
  • 聴力低下について、客観的な評価方法ではなく自己申告が用いられていた
  • 調査期間中の聴力検査がなされておらず、聴力変化がモニタリングされていない
  • 口頭での指示に依存し、指示を正しく聞き取れない難聴者には適しない認知機能評価法が用いられた

また、被験者がどのくらいの頻度で補聴器を装用していたのか、また補聴効果はどの程度だったのかといった情報もほとんどなく、補聴器装用から得られる効果については不明なままです。したがって、補聴器による介入が認知機能に対する難聴の影響を緩和できるかどうかはまだ明らかになっておりません。

現在進行中の新しい研究について、その内容と、これまでの研究における問題点をどのように克服したのか教えていただけますか?

すでに3年目を迎えていますが、オーストラリアのメルボルン大学において60歳以上の高齢者を対象とした認知機能の経時的な変化を追跡する新しい研究が始まっています。この研究はこれまでの研究方法の問題点を踏まえ、補聴器装用前に客観的聴覚検査を行い、18ヶ月間隔のフォローアップを実施しています。社会的孤立、孤独、QOL、気分、食事、運動、補聴器の使用と装用効果など、認知に影響すると思われる他の要因も評価し、そのデータを分析することで聴覚機器の使用により認知機能への影響因子を分離しています。

それはとても楽しみですね。認知能力の評価はどのように行っているのですか?

認知能力は、口頭での指示を必要としないコンピュータ化されたテストバッテリーで測定されます。また、介入の効果を測定するために、補聴器の使用頻度、会話の理解、その他の聞き取り効果も評価されます。このデータを以て、オーストラリアの同年齢の典型的な聴力を有する健康な高齢者の認知能力を比較する予定です。

Julia博士、こちらのデータがまだ1年半しか観察されていない小さなサンプルに基づくものであることは理解していますが、臨床に携わる聴覚専門家にとってどんな意味があるのでしょうか?

そうですね、私たちはより多くの被検者からより長期間のデータを得てその効果を確認するため引き続きこの研究を継続しますが、その結果が得られた暁には臨床医はしっかりとしたエビデンスに基づいて患者と向き合うことができるようになります。例えば、患者に対して「補聴器の使用は認知機能を維持するだけでなく、装用に伴って改善する可能性があります」と言うことができれば「しばらく様子を見る」という選択肢をとらないかもしれません。また、補聴器の装用頻度を上げることが認知機能のさらなる改善につながることを知れば、より積極的に補聴器を装用するようになるのではないでしょうか。こちらは、将来、難聴についての話し方を大きく変えるかもしれません。

インタビューありがとうございました。現在行われている研究は高齢者の難聴のケアが認知機能低下の発症を遅らせるかどうか、重要かつ世界初の確固たる根拠を示す資料になるでしょう。結果が出るのを楽しみにしています。

Julia Sarantが語る、臨床現場での3つのポイント:

少人数のサンプルによる初期段階の結果*は、以下のことを示唆しています。

  1. 難聴がより重く、より高齢で、より低い教育歴の患者ほど認知機能が低下している可能性が高くなります。
  2. 難聴を抱える高齢者の認知機能は、補聴器装用によって現在のレベルを維持できるだけでなく時間の経過とともに著しく改善する可能性があります。
  3. 補聴器の使用頻度が高いほど、認知機能の改善度が高くなります。
  • 18ヶ月間のみ観察していない少人数のサンプルに基づくものです。これらの結果を確認するためには、より多くのサンプルとより長い期間のフォローアップが必要です。このフォローアップ研究の結果はまだ得られていません。

より詳しい内容を知りたい方は、The Lancetに掲載されている記事をお読みください。

フォナックが提唱する”Well-Hearing is Well-Being”(日本語対訳「良い聞こえから始まる健康でしあわせな毎日」)についてもっと知りたい方は、こちらをご覧ください。

この記事は、2020年1月9日にPhonak Audiology Blogに掲載された記事を翻訳したものです。

 

著者:Lisa Bacic(フォナック本社 エディトリアルマネージャー兼リハビリテーションマネージャー)

Lisaは、カナダで臨床のスピーチセラピスト(SLP)として15年以上勤務した後にスイスへ移住し、2016年にフォナック本社に入社しました。彼女は聴覚業界の専門家に専門知識を共有する場を提供することで、臨床医が常に最新で最善の実践針ベストプラクティスの情報を得られるようフォナック ブログのグローバル編集マネージャーとして力を入れています。また、リハビリマネージャーとして、難聴者のためのコミュニケーションリソースの改善にも努めています。Lisaは言語病理学と聴覚学の修士号を取得しています。

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