EU(欧州連合)の新規制”MDR”が補聴器業界に与えた影響とは?【オーディオロジーブログ】
フォナックの聴覚研究者から、新しい医療機器規制のもと初めて実施した臨床試験で得られた4つの知見をご紹介します。
2021年は補聴器製造の業界にとって大きな出来事がありました。それはMDR(欧州医療機器規制)という新しい規制が完全施行されたことです。
MDRとは、MDD(欧州医療機器指令)に代わる新しい法律です。 これは、これまで国ごとに異なっていた法律を全EU加盟国で有効な一つの規制として統合したものです。補聴器、フィッティングソフト、アプリ、そして充電器やリモコンといったアクセサリーなど、ヨーロッパで販売されるすべての医療機器に適用されます。
MDRの目的は、ユーザーに高い安全性を提供しEU圏内の円滑な市場を維持することです。これは、製品の設計、開発だけでなく製造とマーケティングにまで適用されます。
MDDと新しいMDRのいくつかの違い
- 新規制は、MDDよりもはるかに多く、より詳細な記載があります。例を挙げれば、MDRの書類はMDDが60ページなのに対して174ページもあります。
- MDRでは人間を対象とした臨床試験により重点が置かれました。フォナック製品の臨床試験は実際に人間が関わるため、これは非常に重要な点です。
- 承認を得るまでのスケジュールが変わりました。たとえば、CEマーク*を取得するのに最大6か月(以前は長くても1か月)かかるようになりました。
この新しい規制のために、私たちフォナックは新製品を滞りなく発売するため、CEマークの申請中に製品試験を実施する必要が生じました。
新MDR規制のもと、先日私たちはCEマーク取得前の一側性難聴向けソリューションの新製品に関する臨床試験を報告しました。その経験をご紹介したいと思います。
新MDR規制の下で臨んだ初の臨床試験から得た「4つの学び」
1. 計画と申請までには何か月もかかる
2021年3月に今回の臨床試験を最初に開始した時点では、フォナック本社があるスイスの規制当局、Swiss EthicsとSwissmedicに提出する書類の準備には2か月以内を見込んでいました。
しかし、詳細な資料の準備とその内容の精査によって、承認までには予想以上に時間がかかることが分かりました。当局による承認は極めて重要なものであり、承認なしで研究を開始することは全くをもって不可能です。
実際に最初の臨床試験の計画を立てたのち、その提出までに約5か月かかり、認証機関の承認が降りたのはその2か月後でした。計画と申請、そして承認までに合計7か月かかり、当初の2か月の計画よりもはるかに長くかかりました。
2. 承認プロセスには組織のあらゆる部署に意見を求める必要がある
さまざまな申請書類に共同で取り組む学際的なチームが必要でした。このチームは統計、医療機器規制、臨床業務、データ規制の専門知識を持つメンバーで構成されました。また、スタディマネージャー、オーディオロジーマネージャー、プロダクトマネージャー、プロジェクトマネージャーを任命し、彼らと密接に連携しました。この要件を満たしていることは早い段階で確信していました。
3. 膨大な提出書類が必要
初回提出書類や再提出書類など、合計320部もの資料を準備しました。必要書類を網羅した全体的なリストを用意することで、何が申請に必要なのかを詳らかに把握することができました。
この資料は安全保証、生体適合性評価、その機器に実施された国際規格試験のリスト、性能試験、臨床試験計画、調査員のリストなどを含む、製品に関連するあらゆる関連情報を要約したものです。
4. 承認には詳細な「レシピ集」が必要
私たちが作成した資料で最も重要なものは、試験対象となる技術とそれを使用する可能性のある対象者、研究の目的と手順、そして私達が想定する結果を説明するための統計分析を含む非常に詳細かつ有益な臨床調査計画でした。
これは17の章に分かれた約100ページもの文書で、研究のあらゆる側面を記しています。これはいわば臨床試験の「レシピ集」であり、当局と社内チームにとって現在だけでなく将来の研究の手引と発想を得られる、非常に貴重な財産です。
あらためて、初のCEマーク取得前製品の申請手続きを無事達成できたことを誇りに思います。この経験がより迅速な今後の臨床試験の申請と承認を行うための成功事例になるはずです。
では最後に、今回の大切なポイントをお話しします。新製品の検証は時間がかかり複雑ですが、私たちには聴覚専門家とユーザーにとって今お届けできる最善の製品を提供するという使命があります。綿密な計画、多彩な知識を誇るチーム、明確な要綱と遵守事項のもと、聴覚機器メーカーは新しいMDRに対応することができます。
*CE(「Conformité Européene」)は、EU各国の健康、安全、環境に関する法律の必須要件に対し、製造業者が自社の製品が各製品に規定されている法令・指令に準拠していることを宣言するものです。
この記事は、2022年2月22日にPhonak Audiology Blogに掲載された記事を翻訳したものです。
著者: Josephine Hollenbach(フォナック本社 Audiological Researcher)
Josieは、2018年に認証部門の責任者としてソノヴァ本社に入社しました。Josieは最高の製品と機能の開発に情熱を捧げています。彼女はオーディオロジーで7年以上の経験を持ち、ドイツとニュージーランドの補聴器販売店ディスペンサーショップにおいて臨床経験があるほか、研究者として研究管理と臨床研究の経験もあります。JosieはドイツのリューベックにあるAcademy of Hearing Acousticsの修士過程を収め、チューリッヒ(スイス)の大学病院にある臨床試験センターからGCP(Good Clinical Practice, 臨床試験に関する必要な知識の習得)の認定を受けました。