ロジャーとAuracast:補聴器専門家が知っておくべきこと

Auracastの可能性と、現在の補聴器ユーザーにとってロジャー テクノロジーが重要である理由
私たちは今、補聴援助システムの新しい時代を迎えています。
Auracastは、Bluetooth Low Energyを使った新しい音声配信の仕組みです。送信機から近くの受信機(イヤホン、ヘッドホン、補聴器など)へ、無制限に音声を届けることができます。公共の場で多くの人に音声を届ける未来志向のソリューションとして注目されており、より多くの人が情報にアクセスできる社会への一歩として期待されています。しかし現時点では、補聴器ユーザーにとってAuracastはまだ「将来の約束」であり、「今使える現実」ではありません。
ここでは、Auracastをめぐる3つの現実と、ロジャーのような実用的なソリューションが今も重要である理由をご説明します。
1. Auracast:技術は完成、でもまだ使える場所がない
Auracastには大きな可能性があります。美術館のガイドツアー、空港のアナウンス、学校の授業など、公共の場で複数のデバイス(補聴器を含む)に音声をスムーズに届けることができる技術です。
しかし、実際に使えるようになるまでには、まだいくつもの課題があります。
- 対応機器がほとんどない
現在Auracastに対応している補聴器はごくわずかで、多くは「将来対応予定(Auracast ready)」という状態です。 - 送信設備がまだ整っていない
公共施設にはAuracast対応の送信機システムがほとんど設置されていません。つまり、たとえAuracast対応の補聴器を持っていても、実際には使える場所がないのです。 - 規格の最終決定は2027年以降
補聴支援用のAuracast放送規格(IEC 60118-17)は、少なくとも2027年までは正式決定されない見込みです。
つまり、受信する側(補聴器)と送信する側(施設の設備)の両方が整っていない現状では、Auracastはまだ「理論上のメリット」にとどまっています。
Auracast対応補聴器を選ぶことは「将来を見据えた選択」と言えますが、実際に普及するまでに数年かかるとすれば、その頃にはユーザーは新しい補聴器に買い替える時期が来ているかもしれません。また、Auracast接続を管理するアプリを使うために、新しいスマートフォンが必要になる可能性もあります。
一方、ロジャーはすでに今、Auracastが約束している機能を実現しています。ロジャーユーザーは、会場が放送設備を整えるのを待つ必要がありません。自分自身で「ポータブルな放送システム」を持ち歩くことができます。ロジャー アンリミテッドによって、フォナック補聴器ユーザーは簡単にワイヤレス音声を受け取れるようになりました。
また、世界中の難聴者支援団体が「テレコイル(Tコイル)」と「ループシステム」の継続利用を強く求めています。これらは長年使われてきた、非常に重要なアクセシビリティ手段です。将来Auracast対応施設が増えても、既存のテレコイル・ループシステムのサポートは継続されるべきだという声が上がっています。
2. ハードウェアの性能が重要:リモートマイクとしての実力
Auracastをリモートマイク(遠くの人の声を補聴器に届ける機器)として使う場合、重要なポイントがあります。Auracastは「無線で音を送る方法」であって、「補聴支援システムそのもの」ではないということです。
つまり、リモートマイクがどのように音を拾うか、騒がしい場所でどうやって声を聞き取りやすくするかといった、高度な音声処理の部分までは規定していません。これは特に、雑音環境でより明瞭に言葉を理解する必要がある難聴者にとって、非常に重要な問題です。
フォナックが最近行った研究※1では、音声を無線で送れる4種類のリモートマイクシステム(Auracast対応機種を含む)を技術的に比較しました。
- 遅延(音のズレ)
ロジャーは音声の遅延を30ミリ秒未満に抑えています。これにより、話し手の口の動きと音声がしっかり同期し、外部の音とのズレによる違和感がありません。他のAuracast対応システムでは、ロジャー の最大3倍の遅延が見られました。 - 言葉の聞き取りやすさ
70〜80dBAの騒音がある環境(レストランやカフェのような場所)では、ロジャーが最も高い聞き取りスコアを示しました。これは、ロジャーが持つ「自動音量調整機能」により、常に話し声を周囲の雑音より大きく保つためです。他のシステムは性能が不安定で、しばしば聞き取りにくくなることがありました。 - 音質
AIを使った音質評価では、ロジャーが総合的な音質と雑音処理の両面で最高評価を獲得しました。特に騒音がある環境での性能差が大きく、補聴器ユーザーにとって最も効果が得られる場面で優れていました。
無線伝送の性能は、それを支えるハードウェア次第です。真の価値は、ハードウェア・無線伝送・信号処理が一体となったシステム全体で決まります。
3. 「使える」≠「使いやすい」:教育現場での現実的な課題
Auracastは教育現場での利用も想定しており、「生徒が教室に入った瞬間に、先生のマイクへ自動的に接続できる」という理想的なシナリオが描かれています。
しかし、現実はそう簡単ではありません。
例えば、難聴のある子どもがAuracast配信に接続する場合、どうやって接続を管理するのでしょうか?スマートフォンのアプリを使って接続先を選ぶという設計は、技術に慣れた大人には便利かもしれませんが、授業中にスマートフォンを持たない(あるいは持てない)子どもには現実的ではありません。
さらに、学校には複数のAuracast配信が存在する可能性があり、授業ごとに接続先を切り替える必要があるかもしれません。複数の先生が同時に話す場面ではさらに複雑です。仮にスマートフォンを使えたとしても、誤って隣の教室の配信に接続してしまう可能性さえあります。
Auracastは幅広い用途を想定して設計されているため、教育現場や子どもの使用に最適化されていません。
これに対して、ロジャーシステムは、子どもの学習環境に特化して設計されています。
- ロジャーウォールパイロットによる自動・安全・シームレスな接続
- マルチトーカーネットワーク、サウンドフィールド対応、リスト機能など教育専用の機能
- アプリ操作不要・複雑な設定なし・導入を待たずに今すぐ安定したパフォーマンス
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未来を見据えつつ、今のニーズに応える
新しい技術に期待を寄せたくなるのは自然なことです。しかし、補聴器専門家の使命は「今」の患者さん、ユーザーのニーズに応えることです。Auracastには将来性がありますが、現時点では十分に利用可能でも、広く普及しているわけでもありません。普及を待っている間に、患者さんやユーザーは、すでに今日利用できる支援の機会を逃してしまうかもしれません。
フォナックは、Bluetooth Classicのような安定した既存技術を引き続きサポートすると同時に、ロジャーのような実用的なワイヤレスシステムを発展させています。これは「未来を拒む」のではなく、「今、ユーザーに最も確実な恩恵を届ける」ことを優先する姿勢です。
明日の技術も魅力的ですが、患者さんやユーザーが聞いているのは「今日の世界」です。

※本記事は、Phonak Audiology Blog に掲載された記事を翻訳したものです。
参考文献:
¹ Phonak internal technical study, 2024.




