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聞き取り疲れ、ウェルビーイング、日常生活の重要性【オーディオロジーブログ】

 

聞き取りにくさから生じる疲労感が人々のウェルビーイングに与える影響を研究しているJack A. Holman博士が、これまでの研究で分かったことを本記事で紹介いたします。

難聴は日常生活において様々な問題を引き起こし、人々の幸福感、快適さ、健康、そして自尊心といった人々のウェルビーイング(心身の健康)を低下させる可能性があることが分かっています。

これを対処するためにはまず、それぞれの難聴に関する問題がどのようにウェルビーイングに影響を与えるかをより詳しく理解することが必要です。

聞き取り疲れ

テレビ会議を始めて3時間も経つと、疲れてしまってスイッチを切りたくなるのも無理はないでしょう。このように、聞き取りを続けることから生じる疲労感、いわば「聞き取り疲れ」は、脳が「この仕事は割に合わない(労力に見合うだけの報酬が得られない)」、「他のことに集中した方が良い」と教えてくれているからなのです*1

難聴はこの努力と報酬を天秤にかける、日常生活の中で誰もが行っている判断のバランスを崩し、疲労の方に傾けてしまいます。

人は抱えている課題をその人自身の力で解決出来ている間は、健康的で幸福感を保つことができます*2。当然のことながら、長期間に渡る重い疲労感は健康に悪影響を及ぼします*3*4。 個人差があるものの、難聴によって聞き取り疲れをより感じやすくなってしまうと言われており、それに対して補聴器装用は有用であると考えられています*5

しかし、聞き取り困難な環境下における聞き取り疲れの感じやすさがウェルビーイングに与える影響は、テスト環境と日常生活では必ずしも一致しません。なぜなら、影響因子の一つである「日常生活」を考慮していないからです。

例えば、同じような聞き取り疲れやすさの人が2名いたとしても、普段から置かれている聴取環境が全く異なる場合があります。Aさんはフルタイムで働き、活発な社会生活を送っているかもしれませんが、Bさんは家庭内の静かな環境で日常の大半を過ごしているかもしれません。

では、難聴は日常活動にどのような影響を与えるのでしょうか。さらに、聞き取り疲れやウェルビーイングにおいて日常活動の役割とは何でしょうか。私たちは、現時点で手に入れられるエビデンスを調べてみました。

社会的な活動

  • 研究によると、特に高齢者において難聴は社会的活動の低下につながります*6。また、難聴は社会的な立場をより低下させ、人づきあいの楽しみさを失う可能性があります。人間関係の構築や楽しさの度合いは聞き取り疲れの程度に影響を与えると考えられ、重要なポイントです。*7*8。したがって、聞き取り疲れおよび社会活動への不満はいずれも人々のウェルビーイングに影響を与えます。
  • 一方、補聴器装用は社会活動の増加につながります*9。つまり、社会活動を楽しむことは疲労感の軽減につながり、そしてウェルビーイングの改善につながるということになります。

就業に関する活動

  • すべての条件が同じであれば、難聴者は健聴者より失業する可能性が高く、場合によっては早期退職を余儀なくされます*10。このようなケースでは、疲労感が失業の理由に大きく影響していることが多々あります。
  • 就職活動などは心身への負担が伴うため、失業は疲労感の増加につながると言われています*11 。しかしご存知の通り、そもそも仕事は疲れるものです。仕事に求められる結果と責任が勤務中の疲労感の大小に影響すると言われています*12
  • 定年退職は一般的に、自分で選択する前向きな出来事であるため、疲労感の軽減につながります*13
  • 人工内耳装用は就職の一助となるようですが*14、一方、補聴器装用が与える影響はあまり分かっていません。
  • 雇用形態の改善によって、間違いなくウェルビーイングも向上されます。また、どんな仕事による疲労も、就職活動中のストレスからの開放と考えられます。

身体的な活動

  • 研究によると、難聴は運動不足と関連しています*15 。身体活動は聞き取り疲れに影響しないとは言え、身体的活動が低下すると全体的な疲労感が増加する可能性があります*16。一説には、さまざまなタイプの疲労(例:認知的、感情的、身体的疲労)が全体的な疲労感という一つの中心的概念に反映されるとも考えられ、見過ごすことはできません*17
  • 疲労感と運動不足はいずれも人のウェルビーイングに悪影響を与えます*18 *3。難聴を抱えている場合、その影響がさらに深刻になる可能性があります。

その他

上の図で示したように、難聴は、疲労感や倦怠感、日常生活、そしてウェルビーイングに直接影響を与えます。また、聞き取り疲れ、活動、ウェルビーイングはすべて相互に関連しており、それぞれが他の領域に影響を及ぼしていることが明らかです。

この記事を最後まで読まれた方に、いくつかのメッセージをお伝えします:

  • 聞き取り疲れについては、個人の日常生活を考慮する必要があります。
  • 難聴者が疲労するような状況に陥っていない場合は、それがなぜなのか、その理由を理解することがウェルビーイングを向上する手がかりになるかもしれません。
  • この研究は聞き取り疲れに焦点を当てたものですが、難聴者のウェルビーイングにおけるそれぞれの活動の役割はどれも重要です。

 

難聴者の聞き取り疲れ、健康状態、日常生活との関係についてより詳細な内容を知りたい方は、こちらのリンク(英語)から記事全文をご覧いただけます。

また、IJA特別付録には、その他ウェルビーイングに関する記事が掲載されています。

フォナックが提唱する”Well-Hearing is Well-Being”(日本語対訳「良い聞こえから始まる健康でしあわせな毎日」)についてもっと知りたい方は、こちらをご覧ください。

この記事は、2021年9月28日にPhonak Audiology Blogに掲載された記事を翻訳したものです。

著者:Jack Holman(ノッティンガム大学 聴覚科学部―スコットランド支部の研究員)

Jack A. Holman博士は、ノッティンガム大学聴覚科学のスコットランド支部の研究員として在籍しています。グラスゴー大学で心理学の修士号を取得し、ノッティンガム大学で耳鼻咽喉科の博士課程を修了しました。難聴の心理社会的/社会感情的影響と聴覚的介入に焦点を当てた研究を行いました。

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参考文献

  1. Hockey, R. (2013). The Psychology of Fatigue: Work, Effort and Control. Cambridge: Cambridge University Press.
  2. Dodge, R., Daly, A. P., Huyton, J. & Sanders, L. D. (2012). The challenge of defining wellbeing. International Journal of Wellbeing; 2(3): 222–235. doi:10.5502/ijw.v2i3.4.
  3. Haack, M., & Mullington, J. M. (2005). Sustained sleep restriction reduces emotional and physical well-being. Pain; 119 (1-3): 56–64. doi:10.1016/j.pain.2005.09.011.
  4. Smith, A. P. (2018). Cognitive fatigue and the well-being and academic attainment of university students. Journal of Education, Society and Behavioural Science; 24 (2): 1–12. doi:10.9734/JESBS/2018/39529
  5. Hornsby, B. W. (2013). The effects of hearing aid use on listening effort and mental fatigue associated with sustained speech processing demands. Ear and Hearing; 34 (5): 523–534. doi:10.1097/AUD.0b013e31828003d8.
  6. Liljas, A. E. M., Wannamethee, S. G., Whincup, P. H., Papacosta, O., Walters, K.,  Iliffe, S., Lennon, L. T., et al. (2016). Hearing impairment and incident disability and all-cause mortality in older British community-dwelling men. Age and Ageing; 45 (5): 661–666. doi:10.1093/ageing/afw080.
  7. Oerlemans, W. G. M., Bakker, A. B. & Demerouti, E. (2014). How feeling happy during off-job activities helps successful recovery from work: A day reconstruction study. Work & Stress; 28: 1–216. doi:10.1080/02678373.2014.901993.
  8. Ten Brummelhuis, L. L., & Trougakos, J. P. (2014). The recovery potential of intrinsically versus extrinsically motivated off. Journal of Occupational and Organizational Psychology; 87 (1): 177–199. doi:10.1111/joop.12050.
  9. Sawyer, C. S., Armitage, C. J., Munro, K. J., Singh, G. & Dawes, P. D. (2019). Correlates of hearing aid use in UK adults: Self-reported hearing difficulties, social participation, living situation, health, and demographics. Ear and Hearing; 40 (5):1061–1068. doi:10.1097/AUD.0000000000000695
  10. Helvik, A. S., Krokstad, S. & Tambs, K.(2013). Hearing loss and risk of early retirement. The HUNT Study. The European Journal of Public Health; 23 (4): 617–622. doi:10.1093/eurpub/cks118.
  11. Lim, V. K. G., Chen, D., Aw, S. S. Y. & Tan, M. (2016). Unemployed and exhausted? Job-search fatigue and reemployment quality.” Journal of Vocational Behavior; 92: 68–78. doi:10.1016/j.jvb.2015.11.003.
  12. Åkerstedt, T., Knutsson, A., Westerholm, P., Theorell, T. Alfredsson, L., & Kecklund, G. (2004). Mental fatigue, work and sleep. Journal of Psychosomatic Research; 57 (5): 427–433. doi:10.1016/j.jpsychores.2003.12.001.
  13. Westerlund, H., Vahtera, J., Ferrie, J. E., Singh-Manoux, A., Pentti, J., Melchior, M. Leineweber, C. et al. (2010). Effect of retirement on major chronic conditions and fatigue: French GAZEL Occupational Cohort Study. BMJ (Clinical Research ed.); 341: c6149. doi:10.1136/bmj.c6149.
  14. Clinkard, D., Barbic, S., Amoodi, H., Shipp, D. & Lin, V. (2015). The economic and societal benefits of adult cochlear implant implantation: A pilot exploratory study. Cochlear Implants International; 16 (4):181–185. doi:10.1179/1754762814Y.0000000096.
  15. Chan, Y. Y., Sooryanarayana, R., Mohamad Kasim, N., Lim, K. K., Cheong, S. M., Kee, C. C., Lim, K. H., Omar, M. A., Ahmad, N. A., & Mohd Hairi, N. N.. (2019). Prevalence and correlates of physical inactivity among older adults in Malaysia: Findings from the National Health and Morbidity Survey (NHMS) 2015. Archives of Gerontology and Geriatrics; 81: 74–83. doi:10.1016/j.archger.2018.11.012.
  16. Ishizaki, Y., Ishizaki, T., Fukuoka, H., Kim, C.-S., Fujita, M., Maegawa, Y., Fujioka, H. et al. (2002). Changes in mood status and neurotic levels during a 20-day bed rest. Acta Astronautica; 50 (7): 453–459. doi:10.1016/S0094-5765(01)00189-8.
  17. Michielsen, H. J., De Vries, J., Van Heck, G. L., Van de Vijver, F. J. R. & Sijtsma, K. (2004). Examination of the dimensionality of fatigue. European Journal of Psychological Assessment; 20 (1): 39–48. doi:10.1027/1015-5759.20.1.39.
  18. McAuley, E., Blissmer, B., Marquez, D. X., Jerome, G. J., Kramer, A. F. & Katula, J. (2000). Social relations, physical activity, and well-being in older adults. Preventive Medicine; 31 (5): 608–617. doi:10.1006/pmed.2000.0740.

 

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