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難聴と社会的孤立 – 社会的弱者が心に抱える負担 -前編-

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難聴と社会的孤立 – 社会的弱者が心に抱える負担 -前編-

マオリ族の難聴と社会的孤立に関する調査からわかったこと

オーディオロジスト、シャーロット・ゴードンは、マオリ族(ニュージーランドの先住民族)の全体的健康モデルを用いて難聴と社会的孤立が与える負担を調査しています。彼女の洞察は、社会的孤立が幸福に及ぼす影響、聴覚ヘルスケアの不平等、脆弱なコミュニティのリスクを軽減する方法に光明を投じました。

私はいつも「全体像」に興味がありました。

大好きな臨床業務と同じくらい、気づけば聴覚医療のギャップについてよく考えていました。例えば、なぜ脆弱なコミュニティの多くの人々が難聴を未治療のまま暮らしているのだろうか?、と。

だから私は公衆衛生の専門課程を修めるため大学に戻ることにしました。 ニュージーランドの公衆衛生における重要な分野は、マオリ族における健康格差の解決を理解し、解決することです。

なぜマオリの人々は聴覚医療において「脆弱」と考えられているのですか?

すこし背景を説明すると、ニュージーランドにおける難聴の有病率は60~69歳のすべての人で14.87%ですが、マオリにおいては65歳以上の32%が聞こえづらさを感じたことがあると報告しています。有病率と自己申告による難聴の割合が高いにも関わらず、必要な補装具が行き渡っていないという不満はマオリ以外の人(17.4%)と比較して高い(30.4%)割合です [1]

マオリの健康モデルを使用する

マオリの人々の課題に対処するには、マオリ文化に適した枠組みを使用することが重要です。Te Whare Tapa Wha(テ・ファレ・タパ・ファ)と呼ばれるそれは直訳で「家屋の4つの面」を意味し、幸福を維持するために不可欠な4つの次元を表しています。

1. Taha wairua(タハ・ワイア / 精神の幸福)

2. Taha hiengaro(タハ・ヒエンガロ / 心の幸福)

3. Taha tinana(タハ・ティナナ / 身体の幸福)

4. Taha whānau(タハ・ファナウ /家族の幸福)

これらのいずれか1つに問題が生じた場合、家がバランスを失うが如く、すなわちその人の健康状態 に悪影響を及ぼします。

では難聴と社会的孤立が健康に与える影響の全体像をTe Whare Tapa Whaを通して見てみましょう。そうすれば、難聴を放置することに関連する不平等を減らすための聴覚医療の改善方法が見えてくるでしょう。

難聴、社会的孤立とTe Whare Tapa Wha

  1. Taha wairua(精神の幸福)

地域社会や文化活動、教会、友人や家族など、どんなコミュニティでも「その一員」であると感じることはとても重要です。しかし、難聴によって私たちが属しているコミュニティとのつながりを阻害されると、精神の健康を失う可能性があります。

例えば、マオリ人にとっては、自分の民族言語であるTe Reo Māori(テ・レオ・マオリ)によるつながりが同一文化の共有に不可欠であると考えられています [2]。加齢性難聴のリスクが最も高いKaumātua(カウマトゥア / 長老)はしばしば、話し合いの場を導き まとめる責任を負います。しかし難聴を放置することで、そのような場に参加できなくなる可能性があります[4]

  1. Taha hiengaro(心の幸福)

難聴を放置することは、精神的な幸福に大きな影響を与える恐れがあります。WHOがまとめたWorld Report on Hearing 2021(聴覚に関する世界報告書)によると、難聴の人は、そうでない人に比べてうつ病を経験し、生活の質が低いと報告する可能性が高いと述べました [4]

難聴の人は、しばしば引きこもりがちになり、疎外感を感じて他者との社会的な相互の関わりが ぎくしゃくしてしまいます。恥ずかしさ、拒絶感、不安を感じることも知られています。

  1. Taha tinana(身体の幸福)

難聴を抱える人は、引きこもりがちになり体を動かす機会が減るリスクが高まると、身体の健康の悪影響を及ぼす恐れがあります。

多くの場合、このような他者との交流をためらう原因は、会話の内容を容易に理解できないことや、聞き返しをしてしまうことへの気後れからくる感情です。さらに、難聴による聴取努力の増加が身体全体の疲労を増加させることも知られています [5]

  1. Taha whānau(家族の幸福)

難聴は個人だけでなく、配偶者やwhānau(家族)にも波及効果があり、WHOは第三者の障害として定義しています[4][6]。これは、聴覚障害者が抱える社会的制限が家族にも課せられ、Taha whānauに影響を与える恐れがあることを意味します [7]

 

 

難聴を放置することが、個人とその家族の全体的な幸福度に大きな影響を与えることは明らかです。世界的に見て、未治療の難聴が障害生存年数の3番目に大きな要素であることは驚くべきことではありません[4]。さらなる懸念は、難聴を抱える人のうち約3分の1しか補聴器を装用していないことです [8]

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後編に続きます。

この記事は2021年7月6日にPhonak Audiology Blogに掲載された記事を翻訳したものです。

著者:Charlotte Gordon

Charlotteはフォナック ニュージーランドのオーディオロジストです。彼女はフォナックに入る前は数年間臨床の場で働いていました。彼女は修士・名誉学士の課程において、アルツハイマー病患者の聴覚野の病理学的マーカーを調査するオークランド大学脳研究センターで調査を行いました。今年後半には、この分野の非常勤研究員として復帰する予定です。

 

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参考文献

[1] Manuel, A.R., Searchfield, G.D. & Curtis, E. (2021). Hearing loss and hearing service experiences among older Māori and whānau: a scoping review. New Zealand Medical Journal; 134(1535).

[2] Durie, M.H. (1985). A Maori perspective of health. Social Science & Medicine; 20(5): 483-6.

[3] Williams, L. (2019). Untreated severe-to-profound hearing loss and the cochlear implant situation: how policy and practice are disabling New Zealand society. New Zealand Med J; 132(1505): 73-8.

[4] World Health Organization (2021). World Report on Hearing. Geneva: World Health Organization; Contract No.: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.

[5] Hornsby, B.W.Y. (2013). The effects of hearing aid use on listening effort and mental fatigue associated with sustained speech processing demands. Ear and Hearing; 34(5): 523-34.

[6] Manchaiah, V.K.C. & Stephens, D. (2013). Perspectives on defining ‘hearing loss’ and its consequences. Hearing, Balance and Communication; 11(1): 6-16.

[7] Scarinci, N., Worrall, L. & Hickson, L. (2012). Factors associated with third-party disability in spouses of older people with hearing impairment. Ear and Hearing; 33(6): 698-708.

[8] Carr, K. (2020). 20Q: Consumer insights on hearing aids, PSAPS, OTC devices, and more from MarkeTrak 10. AudiologyOnline; 26646.

[9] Department of Māori Affairs (1989). The Review Team: Whakarongo mai. Report to the Minister of Māori Affairs. In: Affairs TRTWM, editor. Wellington (NZ).

[10] Karmali, K., Grobovsky, L., Levy, J. & Keatings, M. (2011). Enhancing cultural competence for improved access to quality care. Healthcare Quarterly; 14 Spec No 3:52-7.

また、日本語訳にあたり以下の文献を参考にさせていただきました。

村上雅昭(2014) 「New Zealand-Maori族の精神保健―“臨床民族誌(clinical ethnography)”的実践―」 明治学院大学社会学・社会福祉学研究 = The Meiji Gakuin sociology and social welfare review, 2014, 巻142, ページ31-52,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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